三段噺その1

とある小説を読んで刺激を受け、3つのテーマを元に速攻で物語を作る「三段噺」にチャレンジ。制限時間は50分……のつもりでしたが、結局2時間掛かりました。まぁ初めてということで大目に見てください。
では我ながら呆れる余りにおバカな物語、スタートです。

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キーワード:「踏み切り」「ATM」「ペットボトル」
タイトル:交流20000ボルト

 西の原駅の周辺は古くからの住宅地であるが、都心の外郭にあることから近年ではオフィスビルの建立が著しい。人口も河をさかのぼる勢いづいたシャケのように増え続け、今では入る人と出る人が出口を失ったシロアリのように毎朝うじゃうじゃと行きかう混乱状態にある。そんな西の原に、古くから住み続け、長き幼馴染時代を抜け、やっと結婚した牧野夫婦(新婚)が居た。ちなみに夫・和生24歳、嫁・圭子26歳である。
 北海道に移住した夫・和生の姉貴、初音に初の子供が誕生するという電話が入ったのはつい5分前だった。陣痛は予想以上にスムーズで、このまま行けば数時間後には生まれるらしい。肉親の初のお産ということで、元体育会系、和生の鼻息は荒い。出勤直前だがさっさと会社に電話して無理やり強引に休暇をとり(課長が怒鳴ってたが切ってやった)、スーツの内側は普段のシャツ、ネクタイはたまたまこの前近所で手品ショーをやった名残で箪笥の一番手前にあった蝶ネクタイという無茶苦茶な井出達のまま家を出た。このまま行けば、20分後の電車に飛び乗って、2時間後の飛行機に間に合うはずだ。汗でスーツが染まるのも意に介さずひたすら走り通して、一度降りてしまえば15分は開かないと揶揄される駅前の開かずの踏み切りを遮断機をへし折って突破し(左の方からなにかすさまじい音がしたが無視してやった)、普段20分近くは掛かる道のりを10分強で走りとおしてやった。どうだ参ったか。誇らしげに仁王立ちしながら、券売機の上にかかる運賃票を眺めて手を尻にまわしたところで気がついた。
 慌てている時には何かしらやらかすものである。そう、あるべきはずの財布が無い。

 ・・・

 鉄砲玉のように飛び出した夫を見送り、嫁・圭子はワイドショーを耳に入れながら戦場のごとき部屋の中を片付けていた。ああ〜今夜は久々に一人で寝られるわ〜久々に思いっきり一人を満喫出来るわ〜などとニヤニヤしつつヒンソなズボン下を持ち上げたときだ。ぼとっと財布が落ちた。あら、これはやばいんじゃない? と思って二つ折りになった財布を開けると、中にはキャバクラの名刺と有り金5万円が出てきた。

 ぷるるるる、ぴっ。

「ちょっとあんた、なにこの名刺?」
「圭子!? よかった助かった。俺の財布が」
「何だって? 助かってないわよ。なにこのキャバクラの名刺は」
「うへっ、わ、わりぃ。それは今度謝るからとにかく今すぐ財布届けてくれ」
「なんじゃそりゃー! 先に詫びろ! そうでないと財布届けてやんないわよっ」
「……圭子さんごめんなさい」

 圭子は鼻息を一発吐いた。一緒に鼻毛が数本飛び出して受話器に当たる。

「ふんっ、帰ってきてからもう一度覚悟しておきなさい。で、この財布どうすればいいの?」
「10分後の急行電車に乗るから8分で持ってきてくれ」
「できるかボケェ!」

 電話口の向こうできゃんという声がした。

「……すみません、20分後の区間快速に乗りますんで15分で持ってきてください」
「判ったわ。待ってなさい」

 圭子は受話器を本体に叩きつけると、財布をむんずと掴んで自転車にまたがった。
 猛烈な勢いで漕いでいく。伊達に体育会系の部活に居たわけではない(正確にはマネージャーだが)。いざというときには男子10名を震え上がらせた彼女だ。その勢いのまま、登り10度の傾斜もなんのその。土煙や砂やゴミや猫や通行人なんかを撒き散らしながら自転車は進んでいった。
 ふと、あの開かずの踏み切りまで来たところで異変に気がついた。踏切が閉鎖されている。良く見ると遮断機が真っ二つになっていた。区間快速の時間まで残り12分。

 ・・・

 ぷるるるる、ぴっ。
 和生がケータイを取るなり、圭子の怒鳴り声。

「ちょっと、踏切が通れなくなってる。回り道すると自転車でも20分は掛かるわよ!」
「マジで!? やばいどうしよう」
「うろたえるなボケ。おら、まずは深呼吸。いくよ、はぃ〜イチ、ニ、サン、シ」

 すぅーはーすぅーはー。

「落ち着いた?」
「あ、ああ」
「で、どうする?」

 ちょっと考える。

「よし、いま持ってる財布に銀行のクレジットカードが入ってるだろ? 確かその踏切をちょっと戻って左に曲がるとコンビニ

があったから、そこでATMを使ってカードに財布のお金を入れてくれ。そうすれば俺も駅のこっち側にあるコンビニで引き出せる」
「なんでクレジットカードがこっちにあるのに引き出せるのよ」
「それはこっちの鞄に通帳があるから」
「は、通帳?」
「ヘソクリ用……(しまった言っちゃった)」
「あん、なんですってぇ!!!」

 むがむぐ……。

「ぜぇ、ぜぇ。まぁいいわ。今日のお金から大きいの1枚貰うわよ。じゃぁすぐにコンビニ行くから。あんたも急ぎなさ」

 ぴっ。最後まで言い切る前に電話が切れた。
 区間快速の時間まで残り9分。蜂の巣を突破するかのごとく人を掻き分け、何とか1分でコンビニになだれ込んだ。いい調子だ。和生はペットボトルのお茶を手に取りつつATMに向かった。しかし画面の張り紙に気をとられ、勢いあまってATMに激突してしまった。

「機械故障だとぉ!?」

 手にしたお茶のペットボトルを店の奥に投げ(ボコっという音と「なにすんだ〜!」という声が聞こえるのと自動ドアが閉まるのが同時だ)、さらに数件先の銀行へ走る。しかし画面は「ただいまお取り扱いしておりません」。その隣の銀行に行くと「この通帳はお取り扱い出来ません」

「どうしろというんじゃー!!」

 和生は思わず道の真ん中で叫んでしまった。
 電車の時間まで残り5分を切ろうとしていた。

 ・・・

 一方駅の反対側、圭子の居る方は表通りから外れているだけに、銀行もコンビニも少ない。和生がコンビニでお茶を投げつけ破裂させた正にその瞬間、圭子の自転車も派手な破砕音とともにパンクしてしまった。

「あと100メートルなのに! まったくこんなときになんで私がこんな目にあうんだ!」

 その自転車を乗り捨て、まるで開かなくなった踏み切りの渋滞に並ぶ車の天井をどすどす次々と渡り歩いてコンビニに向かう。コンビニに入ってATMに走るが、なんと長蛇の列が出来ていた。どうも先頭のおばちゃんが振り込め詐欺に引っかかってるようで、我ここにあらずのまま札束を振り込もうとするのを回りの客が力ずくで止めようとしているみたいだった。
 どこの誰ともわからぬおばちゃんに飛び蹴りを一発お見舞いして気絶させてから、なぜか向かいにけんかを売るようにして建てられている別のコンビニへ入る。
 よし、今度こそ大丈夫。手裏剣を飛ばす勢いでATMにお金を突っ込むが、あと2枚というところで突然バリバリと音を立てて今までの紙幣を紙片にして吐き出すではないか!?

「なんじゃこりゃー!」

 舞い散る破片を地面に落ちる前に根こそぎ掴み(無事なのもまだ何枚かありそうだ。そこから自分の分をしっかり抜いておいた)、仕方なく圭子はダッシュでさっきの踏み切りまで走る。もうなんとしてでもあの踏切を越えるしか手段はない! 残り時間はあと4分20秒。

 ・・・

 和生は仕方なく戻ってきていた。もうどんな手段も思い浮かばない。なんとなく駅を通り越して踏み切りに差し掛かると、正にその時、阿修羅のような形相で行きも絶え絶えの圭子が反対側に現れたではないか!

「おおい圭子、俺はここだぁ!! 頼む、財布を投げてくれ!」
「和生!! 無理だろ、届かないわよ。いや、よぅし。そこでちょっと待っててよ!!」

 残り2分!踏み切りは相変わらずしまったまま一歩も通ることは出来ない。そうこうしている間にも電車はひっきりなしに通り、ある物は通過し、ある物は反対側に走っていく。複々線区間で通り抜けもままならず、開かずの踏み切りの異名はさすがに伊達ではない。
 そんな中、圭子は踏み切り脇の花屋からゴムホースと自転車の空気入れ、そしてなにやら容器を持って出てきた。おもむろに容器に水をぶち込み、空気入れで空気を入れ、先端に財布を括り付けた。
 これは……ペットボトルロケットだ!

「今からこれをそっちに飛ばす! 絶対に受け取れ!!」
「よし判った。いつでも飛ばしてくれ!」

 もう1分を切っている。本当にぎりぎりだ。

「おらぁいけやぁぁぁぁぁ!!!」

 一瞬時間が止まったようだった。噴出された水が弧を描きながら、緑色のペットボトルは舞い上がっていく。きらきらと朝日を浴びながら、虹を踏み切りの上空に形作る。
 良かった、これなら間に合う……。
 二人の顔に安堵の表情が浮かぶ。

 しかしその瞬間。

 ボンッ、バチバチバチバチ!!!
 破裂と水蒸気と共に猛烈な火花が頭上から降り注いだ。

 忘れてはいけない。ここは交流区間だった。たとえ架線に触れて無くても、近くに寄っただけで通電が起こる強力な電気が流れている。ペットボトルにぶら下がった財布の金具に電撃が走り、急に上昇した温度によりペットボトルの水が熱せられて水蒸気爆発。ついでに架線がスパークにより焼ききれ、130km/hの最高速度のまま踏み切りにさしかかろうとしていた特急電車の屋根上に設けられた真空遮断機が作動、バコーンという音と共に非常制動が掛かり、運転手も乗客も前のめりに壁に座席に押し付けられて鼻血を噴き、おまけに切れて暴れた架線が列車の屋根で踊り特高圧機器をなぎ倒していった。
 別の意味で時間が止まったようで、頭の中が真っ白になった。
 
 かくして、電車は完全に不通。設備も車両も破損が酷く、復旧には実に2日、踏み切りが開通するのに更に3日を要する大惨事になった。余談だが、もちろん和生は飛行機はおろか出発もままならず、それどころか会社にも行けない状態だ。にもかかわらずお咎めだけで済んだのが不思議でならないが、圭子のコンビニでの活躍(飛び蹴りなのに……)があったためかもしれない。
 あと、和生は結局課長に丸一日、くどくどと小言を言われてしまった。まったく、災難だった。
 そうそう、姉には無事に元気な男の子が誕生。晴れて「おじさん」の身の上になったのは唯一良かった事だと思う。
 せめてもの餞にと、紅白饅頭と子供服を贈ってあげた。

 まぁ、そんなわけで。何事も慌てず、余裕を持ってしっかり行動しましょう、という事で。

<完>

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突っ込みどころは多数あれど目を瞑ってくださいということで。
お目汚し失礼しましたーーっ。